銀の娘は海竜に抱かれて 短編
PCの整理していたら、表に出していなかった番外編短編が出てきたので。
どうやら、イサラは迷子キャラもしくは担がれキャラで定着していたようですね、当時。

短編は続きからどうぞー。
 台所でパン生地をこねていたイサラは、作業の手を止めた。市場で買い忘れた物がある。母親から教わったパンを焼こうと張り切っていたのに。
「市場に行ってくる!」
 イサラは台所の窓から顔を突き出した。この家に引っ越してきて一週間。エラルドの中心部から少し離れた海沿いに、家を買い求めることを決めたのはディミオスだった。
 イサラはエラルドに到着した後しばらくの間宿泊していた宿で、食堂の下働きとして働いている。ディミオスはまだ仕事を決めてはいない。

 引っ越してきたばかりの家はあちこちが傷んでいて、彼は今のところその修理に追われていた。今も屋根の上に乗って、雨漏りのする箇所を修理している。
「おい、ちょっと待て!」
 ディミオスは、慌てて屋根の上から降りてきた。
「勝手に行くな。一緒に行ってやる」
「大丈夫。生地を発酵させている間にちょっと行ってくるだけだから」
 エラルドに到着したばかりの頃はともかく、今はこのあたりにも慣れている。夜遅くならともかく、午前中である今、彼に付き添ってもらう必要性など感じられなかった。

「いいから、一人でちょろちょろ出歩くな」
「……子どもじゃないのに」
 むくれるイサラにはかまわず、ディミオスは修理道具をそこに置いてイサラの手を取った。
「何を買い忘れたんだ?」
「干し葡萄」
 祭りの時に母が焼いてくれた葡萄をたくさん入れたパンを焼こうとしていたのに、肝心の葡萄を買い忘れたのでは意味がない。
「そんなもの、急ぐ必要はないだろう」
「嫌よ」
 イサラは唇を尖らせる。宿に出勤する前の昼食と、明日の朝食に甘いパンが食べたいのだ。
「……仕方のないやつだな」
 半分あきれたような口調でディミオスは言った。

 笑い声を上げて、イサラは彼の腕に抱きついた。子どもじゃないとは言ったけれど、こうして彼と歩くことができるのは素直に嬉しいと思う。
 彼が荷物を持ってくれるのだからと、市場であれこれと買い求めて二人が家に戻ったのは昼少し前だった。
 発酵しすぎ一歩手前だったパンを慌てて焼き、魚と野菜を煮込んだものを添えて昼食にする。甘いパンと煮込みという組み合わせにディミオスは顔をしかめたが、イサラは気にしなかった。
 昼食の片づけを終えて、仕事へ出かけようとするイサラをディミオスは呼び止める。
「送ってやる」
 何だろうな、とイサラは首をかしげた。働いている宿の女将などは、ディミオスのことを過保護だと言って笑う。

 けれど、近頃ではエラルドにも慣れてきたから、と昼に出勤する時は一人で出歩くことを許してもらえるようになってきた。昼に出かけるのに「送る」と言われるのは、ここ何日かはなかったことだ。
「何かあったの?」
「いや、何となく、だ。嫌か?」
 イサラは首を横に振る。彼と並んで歩くのは嫌ではない。身長差があるから彼が足早になるとイサラは小走りにならないといけないが、たいていはイサラに合わせてゆっくりと歩いてくれる。
 けれど、今日のディミオスは少し違っていた。イサラの腕を掴んでいつもより少しだけ急ぎ足だ。イサラが小走りにならないですむぎりぎりぐらいの速度で。
「……あら?」
 いつの間にか彼は、腰に剣を吊っている。エラルドに来てからは、用心棒の仕事以外に剣を携えることなどなかったのに。

 イサラの働いている宿の前まで到着すると、ディミオスは、何度も念を押した。
「俺が迎えに来るまで一人で出歩くんじゃないぞ。いいな?」
「……うん」
 宿の夕食が終わる頃になるとあたりは真っ暗になってしまう。迎えに来るのはいつものことだけれど、今日の彼はいつもと雰囲気が違っていた。
 何があったのだろうか――イサラは不安を隠しきれずに、数度頷いてからディミオスに背を向けて宿の入り口をくぐった。

†††

 イサラの仕事は魚の下拵えと簡単な調理、それと翌朝に出すパンを焼くことで難しいものではない。料理人に言われるままに魚を捌いて、言われた場所へ持って行く。それから先、調理するのは料理人の仕事だ。
 忙しく働いているとあっという間に時間が過ぎて、仕事も終わりとなる。宿の裏口で待っていると、ディミオスが迎えに来た。
 イサラの目は、真っ先に彼の腰に行く。剣はやはりそこにあった。
「剣……」
 問いかけて、イサラは口を閉じてしまう。やめておこう。余計なことは聞かない方がいい。
「帰るぞ」
 そう言ったディミオスの口調には、緊張の色が感じられた。首から下げた海竜の鱗にそっと触れてから、イサラはディミオスの腕に掴まった。
 一体、何があったのだろう。ディミオスが警戒しているのがわかるから、イサラの不安もつのる一方だ。

 今日は宿の女将が残り物を持たせてくれたから、それで簡単に夕食をすませる。土間で使った食器を洗っていると不意に後ろから腕が伸びてきた。
「な――もう! 何?」
 洗っていたのが木の椀だったから割れることはなかったからよかったけれど、抱え上げられてイサラは慌てた。
「まだお皿洗い終わってない――」
 イサラの抗議には耳も貸さず、ディミオスは台所に続く寝間へとイサラを担いだまま入る。寝台に彼女を乗せると、静かにするように唇に指をあてて見せた。彼がそういう風にするのは何度か見たことがあったから、イサラは口を手で覆ってわかったという合図を返した。

「外に誰かいる。俺がいいと言うまで出てくるな。鍵をかけておけ」
 耳に口を寄せられて低い声でささやかれる。久しぶりに見たディミオスの緊迫した様子に、イサラの胸が不安で締め付けられた。
 彼が寝間を出て行った後、言われたように厳重に鍵をかけて寝台の上で丸くなる。外の音に必死に耳をすましてみるけれど、しんと静まりかえっていた。

 やがて、扉が開き何か重い物が床に投げ出されるようなずしりとする音が寝間にいるイサラのところまで聞こえてくる。
「――ディミオス! ディミオス――ねえ、何があったの?」
 半泣きで隠れていた場所から飛び出すと、
「出てくるなと言ったろうが!」
 低い声で怒鳴られて、イサラは硬直した。そんなつもりじゃなかったのに。やっぱり、彼の足手まといにしかなれないのだろうか。瞳にじわりと涙が浮かぶ。

「……悪かった。お前がちょろちょろするから、つい」
 ぽん、と頭に手が乗せられる。それに安堵してしまったのは事実だったけれど、悔しかったから横を向いてごまかした。
「……その人たちは?」
 重い物音がすると思ったのは、ディミオスが床に縛り上げた男を二人転がしたからだった。二人に見覚えはなくて、イサラは知らず知らずのうちにディミオスにすり寄っていた。

「知らん。ここ数日、家の周囲をうろついてた。この家には金目のものなんてないからな。一番金になりそうなのはお前だろ」
「……その言い方はどうかと思うんだけど」
 実際にはイサラが国から持ってきた真珠がいくつかあるし、ディミオスの稼ぎだってある。金目の物が全くないわけではないのだけれど、確かに外から見た分にはさほど裕福でもない若夫婦ということになるのだろう。
 祖父はエラルドならイサラの髪の色もさほど目立たないだろうと言っていたけれど、今のところ似たような髪色の持ち主には会っていない。それなりに目立っているのもまた事実。

 ディミオスと旅をしていた頃、イサラを欲しがった貴族がいたことを考えれば、その手の輩がイサラに狙いをつけても不自然ではないのかもしれない、けれど。
「……わ、我々は、セラース様に命じられて!」
 床にうずくまっていた男が不意に口を開いた。
「兄上に、だと?」
「……ディミオス様には城に残って欲しかったが無理だったから――陰ながらお守りするように、と」
 ディミオスが顔を背けた。余計なことを、とか何とか口の中でつぶやいていたようにイサラには見えた。

「その言葉が真実だとどうやって証明する?」
 男の言葉を簡単に信用する気にはなれないらしい。ディミオスがそう言うと、今まで黙っていたもう一人の男が首に下げた紐を示した。
「この紐に、証が」
 ディミオスは用心深く男の首から紐を抜き取る。その先に下げられていた指輪を見て、不機嫌な顔になった。
「……確かに、兄上の手の者のようだな。さて、これからどうしようか。まさか殺すわけにもいかないしな。国に戻ってもらうか?」
 ディミオスの言葉に、男たちは顔を見合わせる。その顔を見れば、見つかるのは想定外だったことはイサラにも容易にわかってしまった。

陰ながら守るという命令をこうも短期間で見破られたとなれば、国に戻ったところで彼らの評価は思いきり低いものになってしまうだろう。
「あのね……この人たちに残ってもらったらどう?」
 おそるおそるイサラが提案すると、ディミオスは眉間に皺を寄せたままイサラの方を振り返った。彼の目つきが悪いのは元からだけれど、それでもたじろいでしまう。必死に言葉を探して続けた。
「……隣の農地買いたいって言ってたじゃない? でも手が足りないから人雇わないとって。どうせこの人たちを送り返したって、違う人が来るだけだと思うの」
「おい、あんたたちを繰り返したらどうなる?」
「別の者が送り込まれると思いますが――」
 縛られたままの男たちのうち、片方がそう言うのを聞いて、ディミオスは深々と嘆息した。

「また同じことを繰り返すのは面倒だな」
 それから立ったまま、彼らを拘束している縄を剣の先で切断する。
「俺とこいつはこっちの部屋で寝る。あんたたちはそっちを使え――後は明日、考える。おい、寝るぞ」
「え……ちょっと、待って……!」
 ひょいと肩の上に担ぎ上げられて、イサラは足をばたばたとさせた。まだ食後の片づけが終わっていない。
「ねえ、お皿、まだ!」
「明日でいい」
 よくない。少しもよくないのにディミオスは頓着していないようだった。寝間の扉が開いて閉じられる。他人の目がなくなったところでぎゅっと抱きしめられる。
「怖い思いをさせて悪かった」
「怖かったけど……大丈夫。あなたが一緒だもの」
 イサラはディミオスの首に両腕を回す。何があっても、彼と一緒にいれば安心だと思った。

 ディミオスが隣の農地を買い取ったのは、その一週間後のことである。いつの間にか二人の使用人が居着いていることについては、近所の住民は誰も言及しなかった。





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Posted by 雨宮れん at 17:29 | SS | comments(0) | -

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