渡せなかったチョコのかわりに
ものすごーく今さらなんですけど! 今年に入って何も書いていないし! いやほんと趣味の創作は何も書けてないんですよ…orz
というわけで去年参加した企画の作品をぺたり。
昨年、お声がけいただいた午前二時のショコラティエ掲載作品です。

今読み返しても、美弥子が可愛くない…(--;

バレンタインデーの時期なので季節外れもいいとこなのですが、続きからどうぞ〜。
渡せなかったチョコのかわりに

小麦粉、卵、バター、そして砂糖。これさえあれば、簡単なお菓子を作ることができる。クッキー、マドレーヌ、パウンドケーキ。中に何を入れるかでアレンジ自在。
むろん、プロのスイーツとは比べものにならないけれど、それでも自分で作った出来立てを口にするのは格別だ。
美弥子がお菓子作りに最初にはまったのは、小学校の頃だった。
家族と一緒だった実家の広いとはいえない台所。作業台なんてないから、まな板に打ち粉をしてクッキー生地を伸ばした。
天板に型抜きしたクッキーを並べて、余熱したオーブンで十二分。クッキーがきれいなきつね色になる頃には、台所中にいい香りが立ちこめて。
最初のクッキーは、生地をこねすぎてがちがちになっていた。それでも、可愛いハートや星の形にくり抜いたクッキーを満足しながら口に運んだのは充実した時間だったと思う。

あれから、十年。美弥子のお菓子作りの腕は格段に上達した。それを仕事にしようと思ったことは一度もないけれど、イベントの時期には、友人からお菓子作りの依頼が舞い込んでくる。
「彼氏に渡すケーキくらい自分で焼けばいいのに」
ソファに座っている亜里沙に美弥子は言った。
「だって失敗したんだもん。あたしだって、自分で焼いたケーキあげようと思ってたんだから」
美弥子が今焼いているのはハートの形のチョコレートケーキ。亜里沙の彼氏に渡すための分だ。ケーキに髪が入らないよう、ダークブラウンのストレートヘアを首の後ろできっちりまとめて三角巾に隠した美弥子とは違って、ソファで座り込んでいる亜里沙の髪は今日も完璧にブローされている。

「練習すれば、そんなに難しくないはずなんだけど」
調理道具は清潔に。きちんと洗っておくこと。
調理の最中ばたばたしないですむように、事前に全部用意しておくこと。
材料はきっちり量って、作りたいお菓子に合ったやり方で丁寧に混ぜ合わせること。オーブンの癖は自分で確認すること。
それさえ守っておけば、美弥子くらいの腕前にはすぐになれると思うのに。
「ねぇ、サイダーもらっていい?」
「アイスティーも入ってるよ」
亜里沙が、一人暮らしの美弥子の家にやってくるのはしょっちゅうだ。だから、冷蔵庫も自分で開けるし、中に何が入っているか美弥子以上に把握していたりする。

「じゃあ、アイスティーもらお……あれ、これは?」
焼きあがってさまされている菓子に亜里沙の目がとまった。
「ああ、由紀に頼まれた分でしょ。くるみとオレンジピール入りのブラウニー」
「自分で作ればいいのに」
「それは、亜里沙も同じなんだけどね?」
「あたしは一回自分でやって、あきらめたんだもん」
きれいにグロスをぬった唇を、亜里沙はぷくりと尖らせる。そんな仕草が可愛らしく見えて、思わず美弥子は微笑んだ。亜里沙みたいになれればいいのに、という気持ちには蓋をする。

「それでさあ、美弥子はどうするわけ?」
「何を?」
「……本命とか。吉城君とはどうなってるわけ?」
「別にどうもなってないけど。本命がいるなら、亜里沙達の分なんかのんびり作ってる場合じゃないでしょうが」
一人暮らしの1DK。甘い香りが部屋中に漂い始めている。焼きあがったチョコレートケーキを型から取りだして、由紀のブラウニーの隣に並べる。
「ほら、できた。冷ましてから持って帰るんでしょ。冷めるまでご飯、食べに行こうか」
三角巾とエプロンを放り出しながら美弥子が言うと、亜里沙はかけていたソファからはねるようにして立ち上がった。
「行く行く! わたしが奢るから」
「それ、前提に決まってるじゃない」
プロではないから、お金を払ってもらうわけにもいかない。だからご飯を奢ってもらうか、お茶を奢ってもらうかが何となく決まったお礼だった。
「どこ行く?」
「駅前のポルトでいいんじゃない?」
美弥子の住んでいる地域限定で展開しているチェーンのファミレス。それぞれに好きな物を注文して、一時間ほどおしゃべりを楽しむ。ドリンクバーは三回お代わりして。

「ん、もう少し冷ましたいけどまあいいかな。このまま持って帰って、ラッピングは完全に冷めてから自分でやってよね」
型くずれしないようにふんわりと紙に包んで、ペーパーバッグに入れてやる。
「ありがと! またよろしくね」
「今度は自分で焼きなさい」
手作りにこだわるなら、自分で作ればいいのになぁ。チョコレートを溶かして型に入れるだけのキットだって売ってるのに。
彼氏の前でいい顔したいのはわかるけどさ。きれいに拭いて乾かす為に立てかけておいた調理道具を片づけながら美弥子は苦笑いした。

調理台の上には、これから使う道具が残されている。
チョコレートを刻んで、湯煎にかける。溶けたチョコレートと生クリームを混ぜて、洋酒を少々とコーヒーを加えた。それをしばらくの間冷蔵庫で冷やしておく。
携帯が震えて、着信を告げた。
「今暇?」
「暇じゃない」
「何やってんの」
電話をかけてきた吉城の問いに、しばし美弥子は沈黙する。それから、不承不承、といった様子を隠しもせずに返した。

「チョコ、作ってた」
「はあ? お前が?」
電話の向こうの吉城があきれたような声を出す。
「……悪い?」
お菓子作りなんて似合わない。そう思われているのはわかっている。吉城とは高校時代からの知り合いだけど、今まで彼の前で一度もお菓子を作って見せたことなんてなかった。
吉城が美弥子の手作りの菓子を食べたことはあるのだが、彼はそのことを知らない。当時の吉城の彼女に頼まれてバレンタインデーのチョコレートケーキを焼いたのは美弥子だったのだから。
「いや、悪くはないけどさ」
吉城の声が歯切れ悪く途切れた。

「明日までに作らなきゃならないの。忙しいから、何もないならもう切るね?」
「……今から、そっち行く」
「はあ?」
美弥子の返事も待たずに吉城は電話を切ってしまった。
仕掛けておいたタイマーが時間がきたことを告げて、美弥子は手を伸ばしてストップボタンを押す。それから冷蔵庫に入れたチョコレートの様子を確認した。
ちょうどいい――来るとか言っていた吉城のことは気になるけれど、彼を待っているわけにもいかないだろう。
スプーンでボウルからチョコレートをすくい取り、両手で丸めてバットに並べていく。丸め終わったところで、チャイムが鳴った。

モニタを確認すれば、仏頂面の吉城が立っている。オートロックを解除するのを待ちきれない様子で足を踏みならしていた。黒のコートに、社会人としての許容範囲を超えない程度に染められた髪。グレイのマフラーを巻いている。
「ちょっと上げろ」
カメラをのぞき込んで、吉城は言った。
「……あのねえ? 一人暮らしの女の家に上がり込もうってわけ? 何考えてるの?」
「……」
モニタの向こう側で、吉城が黙り込むのが見えた。美弥子はため息をついて、ロックを解除する。
「何か用?」
一人暮らしの小さなマンションに入り込んできた吉城は、遠慮のない目つきでキッチンを見回した。
切り分けるだけのブラウニー。丸めてあるトリュフ。
「ずいぶんたくさん作ってるんだな」
「ブラウニーは頼まれ物だけどね」
「頼まれ物?」
「意外とね、器用なんだ、わたし――ああ、好きなところに座ってよ。こっちがすむまで動けないから」
丸めたトリュフにチョコレートパウダーをまぶして完成。その間に吉城はマフラーをはずし、コートを脱いでいた。

「それで? 何か用?」
ソファに座るように薦めたのに、彼は美弥子のすぐ後ろに立っていた。
「ちょっと、狭いんだけど?」
「……誰にやるんだよ」
「は?」
「ブラウニーは頼まれ物なんだろ? じゃあ、そのトリュフは?」
「……」
無言で、美弥子はボウルを流し台につっこもうとする。言えるはずなんてなかった。渡せるはずもないチョコレートを毎年作っているのだと。その時々で相手が変わったとはいえ、高校生の時も、大学生の時も、社会人二年目になった今年も。
友人達の分は、きちんと相手にわたっているというのに――美弥子の分は毎年美弥子本人の胃の中に消えることになっている。ほんの少しの勇気があればまた違ったのかもしれないけれど。
その手を掴んだのは、吉城だった。
「……ちょっと、何でボウルにこびりついてるやつ食べるわけ?」
吉城はボウルに直接指を入れて、こびりついたチョコレートをすくい取った。

「うまい」
「うまいってねぇ」
ため息をついた美弥子の口の中に、吉城の指がつっこまれる。
「ほれ」
「な……何っ!」
口の中に広がるほろ苦い香りと程良い甘み。何より口内に、想う相手の身体の一部が入り込んでいるという事態に赤面した美弥子は、三歩後退した。
狭いマンションだから、三歩で背中が壁に激突してしまう。
「これ、誰にやるつもりだったんだ?」
トリュフの並んだバットを手に、吉城が迫ってくる。
「そ……それは」
いや、言えないだろう。目の前にいる相手に渡すつもりだった、なんて。渡せないまま、鞄の中に入れっぱなしになるだろうと予想していた、なんて。

「言えないなら、俺がもらうぞ?」
「え……?」
目をぱちぱちさせている間に、吉城は美弥子のトリュフを口の中に放り込む。
その次の瞬間落ちてきたのは、甘いキスだった。





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Posted by 雨宮れん at 17:18 | SS | - | -

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